カテゴリ: 昭和のお嬢さま


これは私が学生時代の話よ。
あまり気持ちの良い話ではないと思われる方がいらしたら先に謝っておくわ。
本当にごめんなさいね。
タイトル通りの話なので、もしお読みになりたくなければ飛ばしていただいて大丈夫よ。



私の通っていた大学では一般教養で適当に何かの授業を取らなくてはならなくて
私はそれこそ適当に「心理学」「法学」を取ったわ。
心理学は芸術に特化した授業内容だったのでとても楽しかったのだけれど
「法学」
に関しては、ものすごいおじいちゃん先生で、何言ってるのかさっぱりわからなかったわ。
数学以上に分からなかった。

そこで
「刑罰」についての授業があったのよね。真面目に聞いていれば本当に面白い内容だったろうに
その授業については「聞いてなかった」と言う事しか覚えていないわ。




その授業の後、刑罰についてお友達と話していたのよ。
大した話じゃないわよ。刑務所なんて絶対に行きたくないわよねとかその程度の話だったのだけれど。
突然、彼女は言ったわ。



「最悪の処刑を思いついた。」



恐ろしい事を言う人ね。
処刑と言えば恐ろしい事しか思いつかないけれど、どちらにしても楽しい話ではないわよね。



以下は彼女の思い付きの処刑よ。


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死刑が決まった人が収容されている部屋には、必要最低限の自由しかないの。
死刑囚は、手足を動かせない状態で椅子に座り、食事は三食全てチョコボールピーナツ。
どうやって食べるかと言うと、
食事時間になると部屋の小窓が空いて、長いストローが死刑囚の口元まで延ばされ
一粒ずつノルマが終わるまで絶対に食べなければいけない。
三食全てチョコボールピーナツ。

もちろん、運動などをしなければならないので、時間になると運動することは出来るけれど
毎日毎日、死ぬまでチョコボールピーナツを食べ続けるの。


そして、死刑囚もいつ自分の処刑の日が来るか分からないまま過ごしている日々。
ある日、突然その日はやってきたわ。
いつも通りの食事の時間。
ストローを通じて流れてきたのは


「チョコボールキャラメル」


数十年間、チョコボールピーナツしか食べられなかったその人は、
チョコボールキャラメルをいきなり食べさせられたらどうなると思う??



心臓発作よ!!!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



これが彼女の思いついた最悪の処刑方法よ。


何て言っていいかわからないわね?芸術系のお嬢さま方ってのは頭のネジの外れた方が多かったわね。


お母さんから一言34
ただ、真面目な話をすると死刑と言うものに関しては私はまだ確固たる自分の意見を持っていないわ。
なので、処刑や刑罰自体に意見も何もないのだけれど
アムネスティの活動家の友人は、署名を集めたりファックスを機関に送ったりしていたわね。
誘われたけれど、参加はしなかったわ。




死刑にたいしてふざけている!って考える方がいらっしゃったらごめんなさいね。
学生時代ってほんと、どの話題に対してもこの程度の話しかしなかったような気がするわ。






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分かりにくいタイトルね!


てか、世の中って変わるわね~。


私が小さい頃って(本当に幼少期ね)、山手線の中でタバコ吸ってたわよ。
おっさんたち。
電車の中でおっぱいも普通に赤ちゃんにあげている人居たわ。



日常で着物を着ている人はそうそう居なかったと思ったら、近所のおばさま(当時の私達くらいの年代)がた着ていたわ。
もちろん皆じゃなかったわよ。でも着物がもっと身近にあった気がするわね。
普段着の着物とよそ行きも着物がきっちり分かれていて、着ているお着物で何が今日あるのか分かる感じだったわ。



ベビーカーはもちろんあったけれど、ねんねこっていうの?
おんぶして大きな半纏で赤ちゃんあやしていたり、
全てにおいて今みたいにスマートな感じでは全くなかったわね。



昭和って結構、何でもありって感じだったわよ。
特に喫煙、お酒に関しては。
だって、お酒を飲んでいても運転が出来たのよ。法律的に。
シートベルトだって無かったし。



もし、昭和の時代にSNSなんかあったら、目立ちたがりのアホ(いつの時代もいるわね)が
散々インスタとかにアップしてたんじゃないかしら。




子供の帰宅時間なんかもあんまり決まってなかったし(帰りましょうチャイムなんて鳴らなかったわ)
私小学3年生くらいから、渋谷まで電車で一人で行ってお友達と映画見てたりしてたわよ。
大人抜きで。
かと言って、じゃ、幼児犯罪が今より少なかったかって言ったら
多分、同じくらいいや多かったとは思うわ。




何かね、全体的にゆる~い時代だったわよ。そこら辺の公共の感覚は。
(汚い言葉で失礼)たちしょんとかも、そこまで眉をひそめる事でもなかったし。



生活面で言えば、夕方にはお豆腐屋さんが売りに来て
お酒はお酒屋さんが配達してくれて、お米なんかもね。
お正月になるとお米屋さんからのし餅やら鏡餅のお知らせがあり。
スーパーやコンビニなんて無かったから、魚はお魚屋さんで、肉はお肉屋さんで買っていたわ。
「あそこのお肉は高いけれど美味しい」とかあったわよ。



お布団も打ち直しって分かるかしら?
お布団屋さんに出して、新しい綿を元のお布団に巻いてふかふかにするの。
あれ、毎年やっていたし
畳なんかも表替えとかふすまも張り直しとかしてたわね。
今じゃ、お布団やら畳なんかも買った方が安そうだわね。



靴も靴屋さんがあって、裏の張り直しとかかかとの修理とか
靴磨きに出したり、傘もあったわね、そう言うの。




そんなお店いつの間にか無くなっちゃったし、そういう事をする習慣も無くなって行ったわね。





お母さんから一言29


お仕事は私はその時はもちろんしていなかったからどんな職場環境だったのかは分からないけれど、
少なくともうちの父親は社長だったけれど定時には帰ってきていたわよ。



それがいい時代だったのか悪い時代だったのかは、全く分からないわ。
いつの間にか、そういった昭和40年代から50年代前半で当たり前だったことが当たり前じゃなくなるのは
もちろん時代が変わっていくってことなのね。



昔のそういう話をすると、お子達爆笑するわよ。
信じられない!!って。
そりゃー今の令和の時代でそんな事していたらまず法律に引っかかるような事もあるけれど
何だか懐かしいなって思ったりもするわ。



でも、お考えになってみて??
ただ暮らすだけでめっちゃ金かからねぇ?昭和って??


いや~、貧乏人は令和で良かったわ~。



ホントかどうか知らないけれど、住宅の金利なんて10%の時代あったらしいわよ。
ま、定期預金の金利が8%とか今じゃ考えられない金利だったらしいから(もしかしたらもっと高いかも)、金銭感覚も今とは違うのかもしれないわね。



時代って変わるし、人って案外それに柔軟についていくのね~
って自分を見て思いましたことよ。



でも、飛行機はタバコ吸えるようにして欲しいな~
(今のところ乗る予定全くなし)










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今の時代って便利よね。
知りたいことはほとんどネットで(ただしその情報が正しいかどうかは別として)、調べられるものね。
昭和のお嬢さまはネットが無かったので、
家にある辞書や辞典や小説を全部読んだわ。



どこだったかしら?黒に赤の帯の世界辞典、とか全部読んだわ。



要するに文字を読むのがとても好きだったのよね。



昭和のお嬢さまは何を考えたか、
あるチャレンジをいたしましたの。



図書館にある本を全部読めるかチャレンジ。




今考えたら頭がおかしいとしか思えないわ。
あ行からわ行まで、毎日毎日読むのよ。
小説から図鑑から何もかも。




今でも覚えているのが赤塚不二夫って小説書いてたんだ。。ってことくらいで
(しかも面白くなったのよね。確かトキワ壮殺人事件ていう題名だったと思うわ。)



全くもって頭に入っていませんけれどね!!



そりゃー勉強なんて出来ないわよね。


私ね、全く体育が出来なくて、それはそれは出来ないの域を越えているくらいできなくて
出来ないの域を越えているどころか
多分、周りの人をイライラさせる域で出来なかったけれど、本を読むのだけは好きだったわ。



なので内容は覚えていないけれど、90年代初頭までの小さな図書館の展示スペースにありそうな本は全て読んだわよ。

だから何だって言う話なのだけれど、高校生の集中力ってすごいなぁって思うのよね。


その中でもやっぱり自分が好きなのは日本史と古典だった言うのに気が付いたのは
収穫だったわね。
それからはむさぼるように史料を読み漁ったわ。
ま、それが今の私にどう影響しているかは分からないけれども、あの情熱はもう持つことは無いような気がするわ。

お母さんから一言29



若い頃は本当にたくさんのインプットをするべきだとこれは「べき論」で思うわ。
同じものを10代の前半で読み、後半で読み、30過ぎてもう一度読むと、どんどん感じ方が変わるように
いい本はどんどん自分の中で発酵していくのよ。
面白いのはね、10代ではものすごく感動したのに30過ぎて読んだら酸化して不味くなっていく本もあるわ。
そういう人の書く本て、今、新しい本を出していても読む気がしないし、実際読んだところで
あぁまた同じような事を視点変えて言い方変えて書いているだけで、何にも伝わってこない。
って思っちゃうのよね。
これは受け取り手である私の感想だから、その作家さんが悪いわけじゃないわよ。




なのでお子達にはなるたけ何でもいいから、インプットをするように言っているわ。
アニメでも歌でも、本でも漫画でも知識でも何でもとにかくインプットをすること。
自分の中でそれらの菌をうまく発酵させて、アウトプットできますように。



古典中の古典で言えば、やっぱり源氏物語とかほんとにおもしろいわよね。
続きが読みたいのに、もう1000年も前の人には頼めないわね。


今は、じっくり小説を読むよりは、ジャーナリストの書いた本とか新書系の本とかばっかり読んでるわ。もう少し世の中の事を知らないと恥ずかしいと思って、お勉強中よ!



ほほほほ。人生死ぬまでお勉強って所かしらね。



※ただし興味が無い事は一切興味が無いわ!






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私はそうね、恐らくとんでもなく教育にはお金をかけていただいたわ。



それが身になっているかと言えば




えぇ、全然身になってなくてよ!おほほほほほ。





毎週、何曜日だったから忘れてしまったけれど、伝通院の近くにあるお屋敷のおばあちゃま家庭教師にお勉強を見てもらっていたわ。
確か、出自もすごくて旦那様は官僚で、お子様たちもとんでもない高学歴で
おうちはいつでもピシッと綺麗。




ご自宅まで伺ってお勉強を習うのだけれど
最初に先生が、おやつを出してくださるのよね。




先生がお作りになったお菓子やら外国の珍しいお菓子やら、
煎茶の淹れ方、紅茶の淹れ方もそこで全部習ったわ。





先生自体は特に嫌いとか苦手とか思わなかったわ。
何故かって、ものすごく出来る昭和初期の女性だったのよ。
絵にかいたような、かわいらしい人。お勉強も家事も妻としても母としても恐らく完璧な人だったと思うわ。
和服をピシッと着て、花鳥風月を愛で、
恐らく現代に生まれていたら、仲良くなれたと思うわね。






でもその先生の、わが子への教育方法を聞いた時に
ドン引きしたのを覚えているわ。



「悪い事をしたらお線香なのよ。」



って意味わかるかしら。
手をグーに握らせて、親指の付け根にお線香押し付けるの。




「だからうちの子供達は、おててにたくさんのお線香の跡があるのよ」




それ、焼きじゃね??
ヤンキー??




今考えると悪いことって何だったんだろう。。。。とは思うのだけれど。
テストの点かなぁ。
その時は聞けなかったわ。
テストの点が悪くて、毎回お線香で焼き入れられてたら嫌よね。
っていうか、私はそんな事はしないわ。






まぁその先生の所に行ったところで私のテストの点数が上がるはずもなく
数年で行かなくなったのだけれど。




この先生からお見合い話2件来たわよ。
何か分からないけれどとっても可愛がっていただいて、大島紬の着物をいただいたけれど
高級なのは今なら理解できるけれど
当時の私はさっぱり理解できなかったわ。
20歳の子供に大島紬は似合わなくてよ!!先生!!




昭和ってこんな感じだったのよ。
親が普通に殴るとか叩くとか(殺すほどって意味じゃないわよ)
外に放り出すとか、今でもみんなで笑うもの。
親のしつけ厳しかったよね~って。


お母さんから一言24


外に放り出された時の対処法としては、大声で歌う!!っていうのがあったわね。
ほらあいつら外面いいから、すぐに中に入れくれるわよ。
朝、お嬢さま学校に行くと
「昨日も大声で歌ってやった」
って言ってる人が居て爆笑したわ。




うちのかなりの身体的暴力はあったけれど、お線香は無かったわよ。
ちなみに身体的暴力(例えば痛いと思うまで叩くとか)ってね、そんなに心の傷にならないわよ。
人によるでしょうけれど。
足は出しちゃダメよね。平手くらいで。(私はやらないわよ!)
子供の頃こんな暴力を親がしてたわよね!昭和よね!っていうネタで話しているけれど
(オットは親に全く叩かれたことがないそうで、友人とケンカして初めてその痛みを知ったらしいわよ。)
男の子の場合なんかは特に、親から殴られたりとかって必要なのかしらって思ったりもするわ。
加減がわからないからね。実際のケンカした時。
実際の殴り合いのケンカなんて一生しなくていいと思うけれど。




お嬢さま学校に通っていたお友達と話していると
かなりの勢いで、親から暴力を受けていたのと
かなりの勢いでものすごい塾、家庭教師、お習い事。
ああいうところにお子さんを入れる時は覚悟しておいた方がよろしくてよ。




お子さんにとって何が大事なのか一番に考えた方がいいわ。
そして自分にとってもよ。
親の態度を見ていて、結婚をしてない人沢山いるわよ。













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この間、幼馴染と話していて
前も書いたけれど、私の幼馴染というのは非常に元お嬢さまよ。
今は普通にそこら辺に住んでるわよ。



今でもお付き合いがある人達は、数少ないけれど
たまに過去の学校の事を話したりはするわよ。
仕方ないわよ、だって、3歳から18歳まで同じ学校に通っていた同士ですもの。




ものすごい進学校でもあったのね。そこの学校。
でもま、私のお友達は
バカばっかりだったわよ。おほほほほほほほほほ。
(いやものすごい人も居たから今度書くわ)




他の人たちは、もちろん目指すのは東大、京大、とかの国立コース。
これ以上言うと、もしかしたら嫌味と感じる方もいらっしゃるかもしれないから書かないけれども
大学に行くのが普通、っていう環境だったわ。





大学に行かない人も居たわよ。
「勉強?それ、もう必要ないわ。」
って言って、独自のやりたいことに進んだ人も居るから、それはそれでいいんじゃないかしら。




ここで一つ。
進学校に通わせた故に起こった不幸な出来事をオブラートに包んで書くわ。




お子さん本人がこれを将来やりたいからこの学校に行きたい!!って
自分の意志で決めるのってあの年齢では相当難しいと思うのよね。
「この学校に行ったら、いい大学行けるわよ」
とか、親が刷り込むのよね。



それはとても大事だと思うの。



何の目標もなく勉強をしているより、親の財産があるのだったら
塾に行ったりしていい学校に行くって、未来が広がるものね。





でもさ、例えば(私の毒実家もそうなのだけれど)兄弟が何人か居て
そのうち一人だけものすごく勉強が出来て
それと常に比べられる他の兄弟って本当に辛いと思うわよ。




ほら私みたいにバカで能天気で自我が強いと、そんなのどうでもいいや!!
って思えるけれど、
繊細な人には本当にきつかったと思うわ。




言いたいことは分かると思うけれど
そう言った事で数人、若いうちに亡くなったわ。





何でかなー!!!
勉強なんて出来ても出来なくても得意不得意なだけなのよ??
出来ないよりは出来たほうが面白いってだけよね??
大体私はスポーツが全くできなくて、毎回体育の時間逃げたかったけれども。
(高校時代は3年間生理で通して水泳の授業一回も出なかったわ)



それより人間的な魅力の方が本当に大事だと思うわ。
その人たちは本当に人間的に素敵な人たちで、ちっとも嫌な思い出も無いわ。
なのになぜ、受験に失敗したくらいで自ら命を落としたのかな。





進学校に通わせる親って、多分お子さんにものすごく過度の期待をすると思うの。
で、それにこたえようと真面目なお子さんは頑張るのよね。
私は全く持って不真面目だったので、何故そこまでその人たちが頑張るのか分からなかったけれど。
そうしないと、親からの愛情が得られなかったのかなって今は思うわ。





でもね、いい学校に行かせることが親の役目じゃないわよ。
親ってね、子供がまっすぐ楽しく笑顔でいる環境を何とか整える役割じゃないのかしら。
勉強は正直大事よ。
本当に大事。
そしてこうやって日本全国で全ての子供が勉強を出来る環境って、ものすごく素晴らしいわよ。




東大行ってアホなコンパして強姦するような子供に育てるより
そこら辺で一生懸命、車の修理をしている金髪の男の子の方がよっぽどカッコいいと思うわ。



子供ってねアクセサリーじゃなくて、生きている感情のある自分で考えられる一人の人間なのよ。




勉強がいくらできても
ご存知??



コミュニケーション能力が全くなくて、東大の博士課程を出ても就職先が無くて
コンビニの店員(コンビニの店員が悪いわけではないわよ!!)やっているひと
沢山いるわよ。
そういった人を救う組織までも確かあるわよ。
名前忘れちゃったわ。そこ関連のお仕事をしたこともあるのよ。私。ほほほ。色んなお仕事をしていてよ。



話をもどして、
そんなにお子さんに過度の期待をするのは本当に危険だと思うわ。
特に男の子。
大学に行って何をしたいのか?卒業してどこに就職したいのか??
東大行ったからって全員希望通りの就職先には行けないわよ。



もしね
「うちの子東大なんです!!」
っていう親のステータスが欲しいのだったらやめてほしいわ。





帰りたい家庭を作ることが
親の一番の役割だと思うわね。
兄弟同士で比べるなんて言語道断よ。








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